PR
国鉄米子局1975年(昭和50年)
国鉄米子局1975年(昭和50年)

寝台特急「いなば」特急「おき」運転記念入場券

山陽新幹線の全線開業に伴う1975年3月10日のダイヤ改正では、山陽新幹線と各地を結ぶ特急列車が多数設定された。そのひとつが特急「おき」で、新幹線と接続する小郡(現 新山口)と山陰地方の間に3往復が新設された。山陰地方では他にも東京と米子を結ぶ寝台特急「いなば」が新設されている。

本券は両列車の運転開始を記念して発行されたもので、表面はひなびた海岸沿いの単線非電化路線を特急列車が走るという、山陰らしい写真で飾られている。

写っているのは当然「おき」だと思うところだけど、ヘッドマークの列車名が4文字くらいあり、3両目には存在しないはずの食堂車まで見える。勘案すると大阪と博多を山陰本線経由で結ぶ「まつかぜ」ではないだろうか。これは間違えたのではなく、運転開始時に発売しようとしたら運転開始前に撮影しなければならない都合上、顔の同じ「まつかぜ」の写真を使ったと推測する。こういった記念券にイラストが多用される理由もこれだと思う。

入場券の表面。山陰の海岸沿いを走る特急列車の写真に、寝台特急「いなば」特急「おき」運転記念入場券の文字が置かれている。サイズは15.8 × 6.1 cm。
入場券 表面 (15.8 × 6.1 cm)

裏面には「いなば」「おき」全列車の運転時刻が、虫めがねがないと読めないほど小さな文字で詰め込まれている。始発駅と終着駅のみといった大雑把なものではなく途中駅まで掲載された詳細なものだ。「おき」にいたっては小郡で接続する新幹線の時刻まで載っていて、新幹線と山陰地方を結ぶ列車という使命が見て取れる。

入場券の裏面。上部に寝台特急「いなば」の、東京から米子までの停車駅と時刻が記されている。下部には特急「おき」の小郡から鳥取までの停車駅と時刻、さらに小郡で接続する東京方面と博多方面に向かう新幹線の停車駅と時刻が記されている。
入場券 裏面

両列車のその後であるが、「いなば」は3年後の1978年(昭和53年)に運転区間が出雲市まで延長され、同時に列車名が「出雲 2・3号」に変更されている。これは後に「サンライズ出雲」となる列車である。

「おき」は運転区間や本数に大きな変化のないまま走りつづけているが、車両数は運転開始時にグリーン車を含む6両だったものが、ほどなく普通車のみ5両となり、国鉄末期には3両になり、現在では2両にまで減ってしまった。また2001年(平成13年)には新型車両投入による高速化に伴い、列車名が「スーパーおき」に変更となっている。

山陰本線 1960~2000年代の思い出アルバム
アルファベータブックス
¥3,148(2026/05/31 22:29時点)

コメントする