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国鉄大分局1968年(昭和43年)
国鉄大分局1968年(昭和43年)

寝台特急 ”彗星” 運転記念券

ヨンサントオと呼ばれる1968年(昭和43年)10月1日の国鉄ダイヤ改正では、ローカル線の運行本数が削減される一方で、特急列車は新設や増発が多数行われた。新たに運転を開始した列車のひとつが、新大阪と宮崎を結ぶ寝台特急「彗星」である。

本券は彗星の運行開始を記念して発行されたもので、表面は大きく記された「彗星」の文字が目を引く。併せて抽象的なタッチで、尾を引くように走る列車と、尾を引く天体とが描かれていて彗星を想起させる。券面全体で彗星を表した図案といえよう。

記念券の表面 (18.5 × 6.7 cm)。
記念券 表面 (18.5 × 6.7 cm)

裏面には「夕食は大分で 昼食は東京で」との見出しで、東京までの所要時間の短さをアピールする内容が記されている。それによると宮崎を16時45分発の彗星に乗車して、翌朝の新大阪で超特急と表現された新幹線に乗り継ぐと、東京には11時10分に降り立つことができる。

所要時間にすると約18時間半。現代の感覚だとアピールできるようなものではないが、彗星の登場以前から宮崎と東京を結ぶ、寝台特急「富士」を利用すると22時間近くかかってしまうのに比べたら十分に早い。運賃も飛行機に比べたら半額以下であった。

車両についても触れられていて1等寝台車が2両、2等寝台車が11両、食堂車が1両の合計14両編成という堂々たるものだ。

記念券の裏面。
記念券 裏面

1日1往復で運転を開始した彗星は好評だったようで、2往復になり、4往復になりと増発されてゆく。1974年(昭和49年)には新大阪〜大分・宮崎・都城と、行き先も様々に5往復という陣容にまで成長した。

列車名のごとく華々しいスタートを切った列車であるが、5往復をピークに本数を減らしはじめ、食堂車も消えるなど徐々に輝きを失っていく。2005年(平成17年)には最後まで残っていた1往復が廃止となり消滅した。

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